お知らせ

ご挨拶 土屋 弘行

2023.03.31

退任 ― 皆様に心より感謝申し上げます!

この度,2023年(令和5年)3月31日をもって退任致します.あっという間の13年間でした.これまで,私を支えて来てくれた,教室員,金沢大学整形外科同門会の諸先生,医学部および大学病院の関係者,日本整形外科学会をはじめとする各種学会の関係者の方々に,深く心より感謝申し上げます.

2010年(平成22年)4月1日に,金沢大学医学部整形外科学講座の教授に就任して以来,皆さんが誇りと愛着を持つことができる教室にするということを目標として全力を尽くしてきました.教室の活動が整形外科学の発展につながることを目指しました.そして,“明るく楽しく元気よく”と“夢・挑戦・実現”をモットーに掲げて,邁進しました.基礎も臨床も一流を目指して,国内はもとより,世界にも認められる整形外科学教室としての存在をアピールできたと自負しております.
教授就任後にまず取り組んだのは,教室員全体のモチベーションアップとより一層の活性化でした.リーダーとしては,「一将功成りて万骨枯る」だけは避けねばなりません.自由度をあげ,研究をしやすいようにし,いわゆる全員野球で一丸となって,医学の歴史の一ページあるいは一行を飾るべく業績を向上させていくこととしました.個人の力を合わせることにより集団の力が増します.集団の力が組織を強くし,皆が幸せになればいいと考えました.獲得した研究費も,本人とグループで自由に使えるようにしました.そして,私自身は,情熱,信念,執念の人となり,国内外のトップレベルで勝負ができることを教室のスタッフや大学院生たちに見てもらいました.リーダーの情熱を若い人たちに伝えることは非常に大切です.信念を持って仕事を継続する,そして執念を持って仕事を成就させる姿勢を見せないとなりません.若い先生たちの心に火を灯すためにはリーダーの情熱が必須です.情熱・信念・執念は,わかりやすく言えば“すぐやる,必ずやる,できるまでやる”となります.優秀なスタッフと大学院生たちに恵まれ,皆さんが大いに期待に応えて成果をあげてくれました.今,沢山の花が咲いています,そして,新たな種まきもなされ,たくさんの蕾があります.これからの教室にも大いに期待しています.リーダーは,花ではなく花を咲かせる土になる必要があると考えます.
この13年間にどれくらいの業績をあげることができたのか少し振り返ってみます.教室員が代表研究者となる科研費は190件を取得することができました.AMED(日本医療研究開発機構)からの研究費は11件取得できました.私が著者として入っている英語論文の総数は2023年1月末現在785編あり,教授時代の2010年からは550本を超えています.当該分野でtop10%に入っている論文が29編あり,その数と英語論文総数は2022年12月現在,金沢大学学内で映えある1位です.国際学会の発表では,AAOS(アメリカ整形外科学会)に2010年から255題が採用され,ISOLS(国際患肢温存学会―隔年開催)では151題が採用されました.AAOSとISOLSは特に力を入れていた学会で,金沢大学整形外科の存在感を示すことができたと思います.米国の若い整形外科医がKanazawaはアメリカのどこでしたっけ?と質問してきたという私の親しい米国のドクターからの笑い話もあります.また,優秀な大学院生が表彰される金沢大学学長賞は12人が取得し,医学博士取得者は78人にのぼります.
自分自身の国内講演数は,教授以前が162件だったのに対し,教授就任後から現在までは234件におよびます.47都道府県,全てで講演をさせていただきました.海外講演は,教授就任以前は119件,就任後から現在までを合わせますと総計267件となっています.海外講演については教授就任以前から,カフェイン併用化学療法と縮小手術,骨延長術による再建術,液体窒素処理自家腫瘍骨移植などのオリジナルな治療があり,かなりの回数を招待されました.教授になってからは,新たにヨウ素化合物による抗菌コーティングの開発や脂肪幹細胞による運動器再生医療が加わり,忙しく飛び回りました.これまでに招待講演で訪れた国は,アメリカ,カナダ,メキシコ,ブラジル,ウルグアイ,アイルランド,イギリス,スウェーデン,ドイツ,ポーランド,オーストリア,スペイン,ポルトガル,イタリア,チェコ,ギリシャ,トルコ,リトアニア,ロシア,エジプト,南アフリカ共和国,UAE,インド,パキスタン,台湾,中国,韓国,タイ,マレーシア,シンガポール,香港,フィリピン,オーストラリア,合計30カ国となりますが,一般演題の発表などで参加した国を含めるとかなりの数の国を訪問することができました.更に,2010年4月以降に留学や手術見学で金沢大学整形外科を訪れた外国人は26カ国からの132名にのぼります.
液体窒素処理自家腫瘍骨移植による再建術は2020年4月に保険収載もされ,いまや世界中で行われています.液体窒素処理骨移植の導入以前は,血管柄付き腓骨移植やオートクレーブ処理骨移植などを行っていましたが,治療成績は満足のいくものではありませんでした.ある日,切除した腫瘍骨を液体窒素で凍結して再移植する方法が閃きました.既に,プローブを利用した凍結手術は,乳がんや前立腺がん,皮膚科領域で応用されていましたが,文献検索では,骨巨細胞腫や低悪性度軟骨肉腫の掻爬後の空洞に補助的に液体窒素を使用する方法しか出てきませんでした.この液体窒素処理自家腫瘍骨移植は,誰でもすぐに考えつくのではと危惧し,その実用化に向けて急ぎました.それでも,基礎実験を行って臨床試験や先進医療を経て,約20年かけて実用化に至りました.
ヨウ素化合物による抗菌コーティングの導入にも触れておきましょう.金銀銅には抗菌作用のあることが古くから知られています.銀コーティングは既にドイツのグループがやっていましたので,まずは銅に着目しました.銅のメッキでは,銅が溶出して強い毒性を出します.そこで,チタンと銅の合金を考えました.1%の銅をチタンに混ぜることで毒性と抗菌性について良好な結果が出ましたが,わずか1%の銅を混ぜるだけでチタンの強度が20〜30%低下するという問題に直面しました.そうこうしているうちに,ヨードコーティングに遭遇しました.本来は,アルミニウムに対する抗菌表面加工として開発されましたが,インプラントに応用するためにはなんとかチタン表面にこの加工ができないかを追求したわけです.共同研究の結果,ヨウ素化合物をチタン表面に電着させることに成功し,ヨードインプラントの実用化に向けて走り出しました.2023年の後半には,その製品が市場に出る予定です.
カフェイン併用化学療法については,その有効性は明らかだと思っていますが,知財(特許)の確保ができていなかったために,実用化の道は閉ざされました.しかし,新たにクエン酸カフェインが抗がん薬の効果を増強することを発見し,新たに特許を取得しました.未来へ続く望みはあると考えます.
これまで私が整形外科医として歩んで来た道のりは,この記念誌に掲載されています「整形外科学進歩への果てしない挑戦−日本から世界へ−,整形外科Surgical Technique(Front Essay整形外科医の奇跡),Vol. 12(No 1), 4-11, 2022」を読んでいただければ幸いです.医学を進歩させるためにいろいろな研究を行いますが,最終的には研究成果を臨床の場に還元する必要があります.すなわち,実用化させてこそ,患者のため,世のために役立つことになります.是非とも,若い先生がたには,ゴールとして実用化を見据えて研究を推し進めてもらいたいと強く望み,期待しています.

約40年間,整形外科医として教育,研究,医療に携わってきて,いろいろと感じていることがあります.いくつかについて述べてみたいと思います.若い頃は,何も考えずに日々その場その場をこなしながら過ごしていましたが,やはり,成熟するとともに人間学の重要性を認識しました.どうしても,若い人たちには説教めいたことになりますが,いずれわかる時が来ると確信します.
京セラや第二電電(現KDDI)を創業し,JALの再建で知られる稲盛和夫に「86年間歩んでこられて,人生でいちばん大事なものは?」と質問をすると,「一つはどんな環境においても真面目に一所懸命に生きること.自分が自分を一つだけ褒めるとすれば,どんな逆境であろうと不平不満を言わず,慢心せず,今目の前に与えられた仕事に,それがどんなに些細な仕事であっても全身全霊で打ち込み努力してきたこと.もう一つは,利他の心,皆を幸せにしてあげたいと強く意識して生きていくこと」と答えたそうです.利他主義とは,利己主義に相対する言葉で,自己の利益よりも他者の利益を優先すること,すなわち,他人の幸福や利益を図ることを第一とする考え方で,それが一番強い組織を作るとされます.
自分の好きなことだけ,やりたいことだけをやりたいとよく若者は口にしますが,これは人間としては未成熟で趣味の世界に生きることになります.やりたくないこともやるのが仕事であり,しかし,与えられた場で輝くことを目指すべきだと思います.そうすることで逆境にも立ち向かえるようになるし,人間として立派な人を目指すことにも繋がります.何かの役割を与えられた時に,それは自分の専門でないと断る人間になってはなりません.もし習得していないことがあったら,勉強して石に齧りついてもやり遂げるべきです.仕事が人間を作ります.
「修身教授録」で有名な森信三先生は,「人は一時期下積みになっても,それは将来の土台作りであり,一時の左遷や冷遇は次の飛躍への準備期であり,忍耐力・持久力の涵養期として隠忍自重して,自らの与えられたポストにおいて全力発揮を怠らなかったら,いつか必ずや日の目を仰ぐ日のあることを確信して疑わないのでありまして,これが八十有余年の生涯を通してのわたくしの確信して疑わないところであります」と言っています.蓋し金言です.
最近の講演では,自分のこれまでの整形外科医人生を振り返って「人生とはなにか?」というスライドを出しています.自分自身の答えは,“自分との戦い,出会いと縁!”です.どのような研究をし,どの方向へ進むのか,諦めるのか続けるのかの決断,そして良き師,良き友,良き弟子,自分の研究の発展につながる新たな技術との出会いが人生に大きな影響をもたらします.“運・鈍・根”という言葉をご存知でしょうか?運はめぐり合わせ(必ずしも好運のみではない),鈍は粘り強さ(目標に向かって脇目も振らずまっしぐら),根は根気と根性(何があろうとへこたれず続けること,成功するまで音を上げない土性骨)を言います.何かを成し遂げるためには,“運・鈍・根”が必要です.
野口英世に,「なぜ睡眠時間を減らしてまで研究に没頭するのか?」と問うと,その答えは,「今この時間に世界のどこかで同じ研究をしている人がいるはずだ.その人に勝つには休んでなどいられない.」でした.人生の一時期,このような気概で研究に没頭すべきです.この姿勢があれば,必ずや,医学の進歩につながる研究が達成されるでしょう.この二度とない人生を,縁あって医学,医療の道に足を踏み入れた以上,真に志を立てて生涯の終わりにあたって断じて悔いることのない道を歩んで欲しいと思います.森信三先生は言います,「人生二度無し,先人たちの歴史を知ることは自分の怠惰と無自覚を覚醒させる.人生への取り組みが真剣になる」と.
自分は,1989年に初めて国際学会に参加して,大和魂に火がつきました.必ずや世界に認めてもらおうと.ここに,明治天皇御製をあげます.

国といふ 国のかがみと なるばかり みがけますらを 大和魂

世界中の鑑,模範となるほどに,すべての日本人が誠の心,大和魂を磨いてほしいという意味だと思います.次の世代が,金沢大学整形外科学教室を更に発展させていくことを大いに期待して筆をおくことにします.どうもありがとうございました!最後に,このような素晴らしい記念誌を作成していただき重ねて深く感謝申し上げます.
(2023年3月18日(土)に,退職記念講演として「わが「夢・挑戦・実現」―そして未来へ」を,十全講堂にて講演致しました.機会を与えていただきました関係各位に深謝申し上げます.)