金沢大学附属病院 整形外科

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知覧を訪ねて 2012年8月15日 土屋弘行

2012.08.15

 日本人としての誇りを取り戻すために,この文を書いてみました.少し長くなりましたが,読んでいただければ幸いです.なお,この文章は,金沢大学整形外科同門会誌2012に掲載された「知覧を訪ねて」を加筆訂正したものです.
     
     
 
 平成24年4月27日に鹿児島市で開催されました第35回日本骨感染症学会で抗菌コーティングの講演をして参りました,その足で,日本人として是非一度は訪ねなければいけないと思っていた知覧の特攻平和記念館へ教室の渡邊孝治君と行ってきました.この地が陸軍特別攻撃隊の出撃基地であったことから,特攻戦死された隊員の慰霊に努め,当時の真の姿,遺品,記録を後世に残し,恒久の平和を祈念することが基地住民の責務であろうと信じ,ここに知覧特攻平和会館が建設されたそうです.写真,衣装,日の丸,寄せ書き,遺品等約4500点が展示されていました.展示されている戦闘機は中島陸軍四式戦闘機「疾風」,川崎陸軍三式戦闘機「飛燕」,三菱海軍零式艦上戦闘機「零戦」,中島一式戦闘機「隼」でした.中島は今の富士重工(スバル),川崎は川崎重工業,三菱は三菱重工業です.
 当時GNP(国民総生産)が10倍の米国との開戦に追いやられ,次第に戦局が悪化,サイパンが陥落し,米国が日本本土に迫ってくるも,防波堤となるフィリピンを護る航空艦隊の戦力わずか零戦40機.これだけの戦力でどうしようもない事は明らかと思われました.以下,大西瀧治郎海軍中将(最終階級)が隊員に語った言葉です.
     
     
 
 大西中将:サイパンが陥落した.ここは爆薬を250kg積んで体当たりするほか,確実な攻撃方法は無いと思うが・・・
 隊員:やらせて下さい.
 この時全員が両手を挙げてこの作戦に賛成した.当時の隊員達の士気はそんなものだったのだ.神風特別攻撃隊の編成である.
 大西中将の隊員達に語った涙ながらの言葉:特攻は統率の外道である.もう戦争は続けるべきではない.ただアメリカを本土に迎えた場合,歴史に見るインディアン,ハワイ民族の様に闘魂有る者は次々に各個撃破され日本民族の再興の機会は永久に失われるだろう.しかし特攻により敵を追い落とす事が出来れば七分三分の講和が出来る.その為に特攻を行ってでもフィリピンを最後の戦場にしなければならない.しかしこれは九分九厘成功の見込みなどない.では何故見込みが無いのにこの様な強行をするのか?ここに信じてよい事がある.如何なる形の講和になろうとも,日本民族がまさに滅びんとする時にあたって,身をもって防いだ若者達がいたと云う歴史が残る限り,500年後1000年後の世に必ずや日本民族が再興するであろう.
 この言葉を胸に隊員達は飛び立って行った.自らもメッセージを残して:「大空に雲はゆき 雲は流れる.全ての人よさらば.後を頼む.征って参ります.後の日本に栄光あれ」,海軍中尉小川清 24歳のご両親に対する絶筆遺言:「人は一度は死するもの. 悠久の大義に生きる栄光の日は今を残して有りません.父母上様もこの私の為に喜んで下さい.清は微笑んで征きます.出撃の日も,そして永遠に」
 これから祖国を守るために命をかけて飛び立っていくその時に,これが10代,20代の若者たちの書く文章かと思うほど,終始一貫ブレない信念,祖国や家族を思う気持ちが溢れた遺言の連続,澄みきった心でしか書けない達観した文,目頭を熱くして読み進むしかありませんでした.靖国で会おうと飛び立っていった彼らが祀られている靖国神社に日本の総理大臣をはじめとする政治家が堂々と参拝しない,天皇陛下のご親拝もかなわないのはどうしてでしょうか.今の日本の閉塞感は,靖国の英霊が篤く弔われていないことにあります.祖国のために命を捧げてすら,なお尊敬も感謝もされないままで日本人としていいのでしょうか.
 特攻隊は戦後の日本では戦争の悲劇としてしか語られていないと感じるのは私だけではないでしょう.戦後教育でそうなっているからです.しかし今,自分の命をかけて日本を護ろうとし,日本の未来の復興を祈っていた彼らに誇りを感じ,感謝し尽くしてもしきれない気持ちでいっぱいです.
 
 先の大戦における世界での認識を知るべきだと思います.以下に掲げてみます.(下記の文は,著書,インターネット,Wikipedia上などで見ることができます.)
     
     
 
 ダクラス・マッカーサー元帥:日本には原油がない,錫がない,綿がない,ゴムもない,その供給を全て絶たれたらどんな小国でも戦争を決断する.日本が行った戦争は,自国の安全を保証するための正当防衛であった(1951年米国上院にて).東京裁判は誤りであった(1950年ウェーク島においてトルーマン大統領との会見).

 東京裁判ウェッブ裁判長:東京裁判は誤りであった.

 東京裁判主席検事キーナン:「東京裁判はいくつかの重大な誤判を含むのみならず,全体として復讐の感情にかられた公正ならざる裁判だった.」と後年告白.

 C・ウィロビーGHQ参謀部長:東京裁判は史上最悪の偽善だ.もし米国が同じ立場だったら日本と同じように戦っただろう.

 A・トインビー 歴史家(英国):第2次大戦において,日本人は日本の為よりもむしろ戦争によって利益を得た国々の為に偉大な歴史を残した.それらの国々は日本の揚げた短命な理想,大東亜共和国に含まれた国々である.日本人が歴史上に残した最大の業績は,世界を支配していた西洋人が「不敗の神」では無い事である.

 H・ミアーズ女史 社会学者(米)「アメリカの鏡・日本」より:東京裁判は正義ではなく,明らかなリンチだ.私達アメリカがどうして日本を罰する事ができるのか?私は理解できない.

 シャルル・ドゴール(元仏大統領):シンガポール陥落は白人植民地主義の歴史に終焉をもたらした.

 ハミルトン・フィッシュ(アメリカ政治家)(Tragic Deceptionより):有色人種の国家として唯一欧米と対等に渡り合っていた大日本帝国は明治維新以降,国際法上,合法的な手段で新たな領土を幾つか加えていたがそこで行われた統治は,欧米の植民地経営とは対照的なものだった.
 台湾(下関条約により清から割譲)
 朝鮮(大韓帝国の要請により併合)
 南洋諸島(国連承認の信託統治)
大日本帝国は,たとえ外地であっても住民が現地において日本人と同等の権利を亨受できるよう同化政策を行い,工場や発電所等を作り,インフラを整え雇用の創出に努めた.また,衛生環境の改善にも力を注ぎ,子供達には公教育を受けさせ,住民の平均寿命や識字率を劇的に向上させている.

ABCD包囲網で海外資源輸入を絶たれ,日米交渉で日本側の譲歩案をことごとく蹴られた上にアメリカへの属国化を意味するハルノートを突きつけられた.大日本帝国は,ついに欧米列強との開戦を御前会議で決定する.ルーズベルト大統領は,その絶大な権力を使って遂に米国を日本との戦争に巻き込むことに成功した.そのことは米国を欧州おける戦争に参戦させるという彼の最終的な目的を達成させた

ジョイス・C・レブラ女史 アメリカコロラド大学歴史学部教授「東南アジアの開放と日本の遺産」より:大東亜戦争下,アジア諸国に進駐して行った日本軍政の最大の特徴の一つは各国の青年を教育し,組織し,独立精神を振起した点にある.その遺産は戦後も様々な形で生き続けている.日本の敗戦,それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた.民族主義者は日本占領期間中に日本軍により身に付けた自信,軍事訓練,政治能力を総動員して西洋の植民地復帰に対抗した.東南アジアの人間は今や武器を手にし,訓練を積んでおり,政治力,組織力を身につけ独立を求める牢固たる意志に支えられていた.
 
 中華民国顧問 O・ラティモア:日本が立派にやり遂げた事は欧米の植民帝国を完全に破壊した事である.

 ネール初代インド首相:日本は謝罪を必要とすることなど我々にしていない.それ故,インドはサンフランシスコ講和会議には参加しない.講和条約にも調印しない.インドの独立は日本のおかげで30年早まった.この恩は忘れてはならない.

 インド独立運動指導者 ヘランボ・ラル・グブダ 「世界が裁く東京裁判‐85人の外国人識者が語る連合国批判」より:東京裁判は,21世紀に入れば必ず多くのアジアの国々によって見直されるであろう.そして第2回東京裁判が実現する.その頃はアジアも世界も良識を取り戻して総てが公正にして真理の法の前に平等に裁かれる.その時こそ,アジア積年の侵略者であった欧米列強の指導者達はこぞって重刑に処せられ,かつて重罪を被った日本人就中A級戦犯の七柱は一転して全アジアの救世主となり,神として祀られる日が来るであろう.またそのようになるべきである.

 パール判事(インド):国際法に照らして被告人は無罪である.
 
 ビルマ首相バー・モウ:「我々を白人支配から救い出してくれたのは日本だった.我々は大戦終盤に日本を見限ったがその恩を忘れない.日本ほどアジアに貢献した国はいない.日本ほど誤解を受けている国はいない.」「約50年前,ビルマは3回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり.英国側はアジアに対する掠奪的野望をもって此等の戦争を遂行せり,(中略),ビルマ人はアジアを結合せしめ,アジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり.ビルマ人は,このビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり」
 
 ビルマ外相ウー・ヌー:歴史は,高い理想主義と目的の高潔さに動かされたある国が,抑圧された民衆の開放と福祉のためにのみ生命と財産を犠牲にした例をひとつくらい見るべきだ.そして,日本は人類の歴史上,初めてこの歴史的役割を果たすべく運命づけられているかに見える.
 
 マレーシア外相G・シャフエイ:何故日本が謝るのでしょうか?あの大戦でマレーシア人と同じ小さな体の日本人が大きな体のイギリス人を追い払ってくれたじゃないですか.日本無くして東南アジアの独立は有りませんでした.この日本が払った尊い犠牲を否定する事はバックミラーばかり見ている様なものです.

 ラジャ・ダド・ノンチック上院議員(マレーシア):我々は日本軍を歓呼で迎えた.日本は将来の我々の独立の為に多くのものをもたらしてくれた.我々は日本から学んだ最大のものは「国を守る術」だった.

 マレーシア4代首相マハティール・ビン・モハマド:「日本の戦争責任を問うならば,それより以前,非人道的な支配と収奪を続けた欧米の宗主国の責任はどうなるのか.日本が来たことで,植民地支配から解放され近代化がもたらされた.

 タイ国首相プラモード:日本のおかげでアジアは独立出来ました.日本というお母さんは母体を壊してまでもアジア諸国という子供を生んでくれました.今日アジア諸国が欧米と対等に話が出来るのは誰のおかげか,それは自らを殺してまで生んでくれた日本というお母さんがあったからだ.我々は12月8日を忘れてはならない.

 タイ国副首相・外相タナット・コーマン:あの戦争によって,世界のいたるところで植民地支配が打破されました.そしてこれは,日本が勇戦してくれたおかげです.新しい独立国が,多くの火の中から不死鳥のように姿を現しました.誰に感謝を捧げるかはあまりにも明白です.

 シンガポール首相ゴー・トクチョン:日本の統治は過酷なものだった.しかし日本軍により欧米のアジア支配は粉砕された.これはアジアに自信を与えた.大戦後15年以内にアジアの植民地は全て開放された.

 第2代エジプト大統領ナセル:アジアには日本がいた.アラブには日本がいない!

 インドネシア元情報大臣ブン・トモ:「あの戦争は我々の戦争であり,我々がやらなければならなかった.それなのに全て日本に背負わせて日本を滅亡寸前まで追い込んでしまった.申し訳ない.」
現在でも,インドネシアの独立記念日では,インドネシア軍兵士男女2名と日本兵の服装をした1名を加えた3名で国旗掲揚が行われる.

 アラムシャ陸軍大将(インドネシア):日本にはあと5年頑張って欲しかった.そうすれば中東とアフリカはもっと早く独立できたはずだ.中東もアフリカもこんなに苦しまずに済んだはずだ.

 慰霊祭でのフィリピンの方々のスピーチ:当時白人は有色人種を見下していました.これに対して日本は世界のあらゆる人種が平等であるべきだとして戦争に突入していったのです.神風特別攻撃隊はそうした白人の横暴に対する最後の抵抗だったと言えましょう.そしてアジア内で唯一抵抗してくれたのです.かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見て下さい.立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう.これは日本が統治下で施した教育の成果です.ですがアメリカの統治を受けたフィリピンでは自分達で物を作る事を学ばせて貰えなかった.人々は鉛筆すら作る事が出来なかったのです.アメリカが,自分達の作った物を一方的に売りつけてきたからでした.フィリピンでは日本で伝えられている様な反日などではなくむしろ親日的です.フィリピンの人々は日本人よりもリアリストです.戦争があれば多少なりとも悲劇はあると現実的な考え方をしています.ですからフィリピンの人々は日本を責めようなどと思っていません.フィリピン国歌にも誉れ高い英雄達の生まれた国日本を崇めよ.という一節があるくらいです.欧米人のアジア感に多大な影響を与えた神風特攻隊はフィリピンの人々に敬われ,そしてその勇気が賞賛されている.
 
 日本人は,自虐的あるいは反日的な一方的情報でなく,このような意見や事実が沢山あること,こうした現実を認識する必要があります.上述したように,連合軍総司令官であったダグラス・マッカーサーでさえ,日本は自衛のための戦争に追いやられたと後年,国会で証言しています.しかし,残念ながら,米国歴代大統領は一度たりとも,一般市民をもターゲットにした2発の原爆投下に対して一度の謝罪もしていません.

 東条英機元首相:日本に対して敗戦の責任は死を以って償えるものではない.戦争で斃れた人および遺族に対しては実に相済まぬと思っている.心から陳謝する.天皇に責任はなし.責任は我にあり.私は,最後までこの戦争は自衛戦であり現時承認せられたる国際法には違反せぬ戦争なりと主張します.
     
     
 
 歴史をどう解釈するかは,個人個人それぞれの理解と考えによるでしょう.しかし,きちんと事実に基づいた正しい歴史を知った上でないといけません.歴史の本をいろいろと紐解くと次々と自分の知らなかったことが解ってきます.戦争を何故したのか?なぜ日本が特攻をやらねばいけなくなったのか?そこまで追い詰められたのか?我々も正しい歴史を勉強しないといけません.第一次世界大戦後のベルサイユ講和会議で国際連盟の設立が討議されました.その際,大日本帝国は連名規約に「人種平等」を入れることを提案しましたが,議長であるウィルソン米国大統領によって強引に否決されました.その後,欧米列強がアジアで何をしたかを理解せねばなりません.
 1930年代後半,中国で消耗しきっており,国力を失い,支那事変を何とか停戦に持ち込もうと努力しているときに,一体日本の誰が世界の強国,米,英を相手に戦争を望んでいたでしょうか.日本の誰一人として中国や世界の強国を相手に戦争などしたくはなかったのです.しかし,アメリカ大統領ルーズベルトは,日本との戦争続行を条件に,中国にどんどん援助をして日本を疲弊させ,反対に日本には経済封鎖をして経済で首を絞め,「日本は戦争したくないから頼みます」と,どんなに頼んでも,頼んでも米国は聞き入れなかったのです.経済封鎖で首を絞められながら時間が流れると,日本は滅亡すると危機感を顕にしました.しかたなく,しゃにむに立ち上がったのです.それが,米,英,オランダを相手にした大東亜戦争なのです.日本がやむなく開戦の決意をしたのは1941年9月です.9月6日までは,対米・英・オランダの戦争に対して何ら実際的な準備はしていませんでした.ところが,米,英は開戦の3年も前から対日戦争を相談していました.日本の戦争目的は,自存自衛とアジアの植民地開放と一体であったのです.
 
 誰しもが平和を望んでいることは当たり前の事ですが,戦争も究極の外交手段として現在でも止むことはありません.これが世界の現実です.昔,怒髪天を衝くような罵声が自衛隊員(本来は軍隊であるべき)の皆さんに浴びせられました.税金泥棒と.冗談じゃありません.彼らの士気は高く,日本国民の生命と財産を守るべく日夜活動しています.国防に加えて,昨年の東日本大震災の時,そして大災害が起こった時にはいつも,彼らは必ず献身的に国民のために奉仕してくれています.彼らに敬意を払うことは忘れてはなりません.税金泥棒はどう考えても政治家でしょう.戦後の日本を正しい方向へ導くことができなった.まともな国になるチャンスが幾多とあったのにもかかわらず.そして,現在,外交も経済もがたがたで,日本は先進国の中で後退していっています.地位もどんどん低くなっている.かつて,自分の命を投げ出してまで日本を護ろうとし,日本の再興を願って征った英霊たちがいまの日本を見たらどう思うでしょうか.情けないと思うのは私だけでしょうか.
 
 日本の足かせ「三大ウソ談話」というのをご存知でしょうか.悪いなら謝らねばならないが,悪くないのに謝罪したため,日本がどうにもならなくなっています.

1)昭和57年8月26日,鈴木内閣宮沢官房長官談話:過去を深く反省する.教科書は深い反省を反映させる.―――日本の教科書はだんだん良くなっていたのに,詫びて取り返しがつかなくなり,これ以降,日本の教科書は反日に変わった.

2)平成5年8月4日,宮沢内閣,河野官房長官談話:旧日本軍が関与した従軍慰安婦の方々に心からお詫び致します.―――実際の報告書には従軍慰安婦も,強制連行もなかったのにウソを作り出して謝罪してしまった.

3)平成7年8月15日,村山総理大臣:我が国は,侵略によって損害を与えました.お詫びを表明致します.―――あなたは日本人ですか?日本の国益を守る総理ですか?と言いたくなります.

その他,支那事変は日本が悪かったと歴代総理大臣が20回以上も中国などに謝罪しています.(支那事変(日中戦争)は中国共産党が仕掛けたという事実があります.昭和12年7月7日,盧溝橋に駐屯していた日本の軍隊に鉄砲が撃ち込まれました.日本軍に中国共産党が不法射撃をして蒋介石軍と戦わせるように仕掛けたのです.)謝罪したために,国民の血税が損害賠償になっています.このようなことですので,竹島をめぐって韓国に,尖閣諸島をめぐって中国に,北方領土をめぐってロシアにヤラレっぱなしになるのです.拉致問題をめぐっては,北朝鮮にもなめられています.ロシアの革命家であり政治家だったレーニンは,「国を滅ぼすにはその国の歴史を破壊せよ!」と言っています.今まさに,日本はその危機にあります.歴史を正さねば日本は滅びてしまいます.

 日本国憲法の前文をお読みになったことがありますでしょうか?大変なことが書いてあります.「日本は自分で国を護りません.他の国の人達はいい人ですから大丈夫でしょう.」と,とんでもないことです.GHQの若い木っ端役人(GHQ民政局課長チャールズ・L・ケーディスがGHQ民政局長コートニー・ホイットニーの指揮のもと実質マッカーサー草案を作成)が日本を永久に再生させないために走り書きしたような憲法を後生大事に今も持ち続けているのは政治家の怠慢以外の何物でもありません.我々は目を覚まさねばなりません.ほとんどの今の日本人,日本国憲法の是非を考えたこともないでしょう.例えば,平和憲法の所以たる戦争放棄の第9条,これが世界平和のために必要なら,世界中の国々がこの条文を真似して取り入れるはずです.しかし,そんな国はひとつもなく,日本だけです.その理由は言うまでもないでしょう.戦前,陸奥宗光や小村寿太郎は,軍力無き外交は絵に描いた餅だと言っていました.クリントン米国国務長官が平壌へ行けば拉致された米国人女性記者がいとも簡単に帰ってくる.日本はどうか?この現実を知るべきです.政治家のレベルが低いということは,国民のレベルが低いということの現われです.国民はもっと勉強して,日本を正しい方向へ導かないといけません.国家の存続は教育と医療のレベルで決まります.教育と医療が欠かせないのです.教育は国家の原動力,そして教育が偉大な政治家を生むのです.小さいことですが,整形外科医療だけは世界一をキープしていきたいと思います.小医は病気を治す,中医は病者を治す,大医は国を治すという言葉があります.多くの中医と大医の出現が必要です.
 
 知覧を訪れて,万感胸に迫る思いでした.今こうして私達が日本で暮らせているのは,空の果てで,そして万朶花のように散っていった英霊の皆さんがいて下さったからこそです.私達は彼らが戦った歴史を決して忘れてはいけないと思います.他国に従属するような国になるためではなかったということを証明するのは,現代を生きる私達の責務です.そして日本人が日本を好きになって,日本人としての矜持をもって何をするべきかを考えながら日々生きていくことが日本の再興に繋がると思います.頑張りましょう,日本の未来の為に.

 最後に,今回は心に沁みわたる感動的な歌を紹介します.機会があれば聞いていただければ幸いです.
1) 悲しい時はいつも(松田博幸)
2) Close your eyes (長渕剛)
3) 花守りの丘(Kaori)
4) 群青(谷村新司)
5) 君がため(Suana)
6) 青空(Lia)
7) さくら(森山直太郎)
   
     
 
金沢大学大学院機能再建学(整形外科学)教授 土屋弘行 
(2012年 金沢大学整形外科同門会誌「知覧を訪ねて」より加筆)
     
     
 

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