金沢大学附属病院 整形外科

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挑む医療―進歩を実感に 土屋弘行

2010.12.14

 1989年9月,フランスのノルマンディーにある美しい街サンマーロで国際患肢温存学会(International Symposium on Limb Salvage : ISOLS)が開催された.世界遺産の修道院,モンサンミッシェルで学会の晩餐会が行われ,初めての国際学会出席でもあり,いたく感動した.その会で愚生は,術前化学療法は骨肉腫の分化をもたらし,ダウンステージンクによる縮小手術が可能であるという研究を発表したが,全く無視された.欧米からの発表は最初に結論ありきという形で、症例をどれだけ集めても経過観察をどれだけ伸ばしても,予想される結論は一緒という印象であったのに比し,研究内容の独創性は高くかなり自信があったが,見事に精神は打ち砕かれた.そこで、愚生の大和魂が烈火の如く燃え上がった.それから日本オリジナルの発信に向けて挑戦が始まった(なお,幸運にも無視された研究は発展させることができ,1994年に日整会奨励賞と1995年にISOLS最優秀論文賞を受賞した).
     
     
 
 まず考えたのは,最も重要なファクターは何か―答えは化学療法であった.化学療法の有効性を飛躍的に高めることができれば,全てを変えることができる,すなわち生存率の向上,患肢温存手術の遂行率上昇,縮小手術の実現,局所再発率の低下などに繋がる.1986年から心血を注いで研究してきた“カフェイン併用化学療法”の臨床研究を開始した。カフェインは癌細胞のDNA修復を阻害し抗癌薬の効果を著明に増強する.1989年暮れに骨肉腫第1例目の治療が行われた.画像評価では,単純X線像で腫瘍は硬化し,MRIで軟部腫瘍陰影は縮小し血管造影とタリウムスキャンで腫瘍濃染像は消失した.臨床効果は著効と判定し縮小手術によりほぼ腫瘍部分だけを切除,筋肉などの軟部組織はことごとく温存した.腫瘍用人工関節で骨欠損部を再建し良好な患肢機能を得た.後日,切除標本を解析した病理医が医局へ飛んで来て言った.「腫療細胞が全くいない.これまで見たことがない.一体何をしたのか」.挑戦の幕は切って落とされた.現在,当院での骨肉腫の累積5年生存率は93%,術前化学療法の局所有効率は94%である.
     
     
 
 それまでは広範切除を行って,再建に腫瘍用人工関節を用いることが多かった.しかし歩けるようにはなってもスポーツはできない.どうしたらよいのか.患肢機能と外観の正常化を達成するにはどうするか.手術への挑戦が始まった.まずは縮小手術の実現.患肢機能を向上させるには,縮小手術により正常組織の犠牲を最小限にとどめるしかない.軟部組織および軟骨の再生は不可能な現状である.縮小手術を提唱した時の風当たりは強かった.カフェイン併用化学療法のおかげでほとんどの症例で縮小手術が可能となった.
     
     
 
 再建は,メタルではなく可能な限り生物学的修復(生着)の期待できる生物学的再建術(biological reconstruction)に力を注いだ.生きている骨がベストであるのは疑問の余地がない.もとの骨と同質の骨を生体内で再生できる骨延長術を初めて応用した.縮小手術で骨端(関節)を残し,欠損部を骨延長術で再建した症例は全くもとどおりの機能を回復した.全力疾走、野球,スキー,サッカーなど全く問題なくできる.もう一つ,液体窒素処埋自家腫瘍骨移植術を開発した.従来の熱処埋骨に比して、骨癒合と軟部組織の生着は早く,組織学的にも1~6年で移植骨全体はほとんど生き返っていた.凍結処理では骨形成蛋白は温存され,骨強度の損失もほとんどない.また,追い風となる随伴事象として凍結免疫の惹起がある.凍結処理された腫瘍組織が体内に戻されることで、破壊された腫瘍細胞から種々の免疫反応を誘発する物質が放出される.動物実験では転移や腹膜播種が消失した.今後に期待している.
     
     
 
 欧州では,手術室のことをoperation theatre、外科医をartist,手術をartと言う.Masterpiece(傑作)を目指さずに,それを得ることはできない.あらゆる手段を手の内に持ち,それらを駆使して使い分けてこそ,ゴールを目指せる.一つの手段に凝り固まってはいけない.我々は,より有効性を追求した化学療法と縮小手術,骨延長術,液体窒素処埋骨移植,血管柄行き骨移植,腫瘍用人工関節を駆使している.
     
     
 
 最近,当院の医療スタッフからよく聞く言葉として,「この頃患者さん,全然亡くならないよね.昔と凄く違うよね」,「最近走れるし見た目もかなり普通だよね」がある.これらの言葉が,何よりも的確に治療成績を反映している結果である.統計学的手法を用いて有意差をやっと出すようでは,治療の進歩として実感できないであろう.進歩は実感しないといけない.古今東西,experience based medicineの重要性に変わりはない.
     
     
 
 あれから18年,今はISOLSのboard member の一人となった.ISOLSで日本から独創的な素晴らしい研究が沢山発表される.しかし,これらが何故進歩発展することができないのか深く考える必要がある.いいものは育てないといけない.ヒトのあいだと書いて人間という.言い得て妙である.人間は多くの人に支えられて生きていく.我々の研究も青雲の志と日本人としての矜持を持つ多くの仲間に支えられて発展してきた.
     
     
 
 目の前にいる患者は我々の師である一方で,今日も医学の進歩に期待を寄せ,新しい治療の実現を信じて待っている.骨・軟部腫瘍に携わる若き医師たちよ,Dream, dare and do! (夢を抱け,挑戦せよ,そして実現せよ),世界を舞台に.我々の背負っているものは大きい,休む暇はない.月月火水木金金.人生50年が経った.あとどれだけ貢献できるか.今日もまた日(本)産GT-Rを駆りながら.絶え間ない進歩を目指して愚生は奮い立っている.
     
     
 
金沢大学整形外科 主任教授 土屋弘行
     
     
 

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